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ひとづくりで、「鈴鹿」を「豊かなまち」へ   まちは、ひとがつくるもの 心豊かなひとづくりのために・・・

鈴鹿市議会議員 後藤光雄 

〜光雄の想い〜

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2008 4月を振り返って

 今から400年余り前、「本能寺の変」の後徳川家康は伊賀を越えて白子港から三河に逃げ延びました。このとき船を提供した小川孫三さんがやがて藤枝の地に住んだことで「藤枝市白子町」が誕生した。ということで「すずか倶楽部」で藤枝市を訪問しました。
 自分が居する町で400年前に起こったことを想像し、歴史を感じ、「今後子どもたちを交えた交流をしたい」というお互いの気持ちを確認してきました。
 「自分の足元で起こったことを如何に伝えるか」縁を大切にしたいものです。

 翌日、「富士サーキット」を訪問しました。昨年のF1開催時にはいくつかの問題点があったようですが、鈴鹿の20年の取組に追いつきそうな今年の開催準備状況を観ました。
 「起こったことから、何を学ぶか!」富士、恐るべき存在です。

2008.5.8 後藤光雄

2008 3月を振り返って

次女の三知が「なでしこジャパン」入り
3月1日から18日までキプロスカップ2008に参加。
昨年のU−19のスウェーデン遠征、中国でのアジア大会と
彼女の世界を広げていただきました。

3月21日から4月4日まで次男の健斗が
アルゼンチンのボカ・ジュニアキャンプに参加
昨夏の鈴鹿キャンプに参加して招待されました。

本人たちの努力はもちろんですが、チャンスをいただけたことに感謝しています。

私たちの時代とは外国との距離が随分変わりました。
ボーダーレスな時代ならではの、日本人教育の必要性を強く感じています。

今の教育で子どもたちは、日本人として、国を語り、誇ることがどれほどできるでしょうか・・・

2008.4.1 後藤光雄

2008 2月を振り返って

今年は、何度も雪が降りました。
幸い一日で消えてしまう積雪だったのでホッとしつつも、県内ではかなり多くの事故等が報告されていた

長野県で育ち、毎年車でスキーに出かける私は、スタッドレスタイヤを装着しているし、雪道の危険度も知っているつもり・・・

東京に住む長女が、積雪で車の運転をどうしようか電話をかけてきました。
坂道が多い街に住んでいるので、スノー&マッドのタイヤを装着しているものの控えるように話しました。

免許を取って一年間は高速道路を走らないようにと親父に言われたことを思い出して対応する能力を身につけてから体験させてあげようという気持ちを娘もわかってくれたようです。

何時起こるかわからない地震に対しても同じですね。
個人の判断で行動できる状況にあるか、市は、判断して相応の準備をしなければならないのに・・・

2008.3.5 後藤光雄

2008 1月を振り返って

24年続くスキー教室。上級クラスの子どもたちが、片足にだけスキー板をつけ、こけてもこけてもチャレンジする姿にゾクゾクっと心まで痺れました。

鈴鹿市から10月のアジア大会準優勝の顕彰をいただいた次女が1/8全日本女子サッカーU−18大会で決勝ゴールを決めて大会2連覇を達成。3連覇を願うとともに障害・傷害に負けないようにと祈るばかり。

NHK土曜9時のドラマ『フルスイング』実在の高畠導宏氏をモデルにした59歳からの高校教師の戦いに毎回涙なしでは見られない感動の時間をいただいています。

大阪女子マラソンの福士加代子の最後の走りに、転んでも起きて、そしてあの笑顔に「走り続けること」へのこだわりを見て、これもまた感動。

スキー人口の増加を願う我が家にとって、楽しみだった映画『銀色のシーズン』を観た。
心わくわくしながら、爽快な気分で観られた映画でした。

スポーツは文化だ!生活にスポーツを!子どもたちにスポーツを!いつまでもスポーツを!スポーツを人生の友に!

スポーツに感謝!何よりもかかわる人々に感謝!感謝!の新年幕開けでした。

2008.1.31 後藤光雄

2008年 新春にあたり

 日々の積み重ねが年月になっていく。

その折々の季節の節目に節句を置き、またその人毎に節目を持たせ、
竹のごときしなやかな生き方を身につけさせようとした先人の知恵に
驚嘆しながら、新年を迎えました。

 ひとつの節目、2008年も良い年でありますように!!

今年の年賀の挨拶です。

 明日の自分が、今の自分より少しでも
成長できるように、心で感じ、身体で感じ、
発見する喜びを共有したい。

 知識・概念を固定せず、時空を先取りできる
心のあり方を探る一年に!

 本年も、明子・真吾・史・三知・健斗ともどもよろしくお願いします。

2007 12月を振り返って

 12月議会に上程された、江島総合運動公園の指定管理者の認定についての議案に関して、納得し得ない結果となりました。

 9月の段階で、指定管理者の募集を行うことについて、すずか倶楽部の中西議員の討論で、公園内の池の問題、地元への説明不足等、時期を遅らせるべきであるという意見で反対をした立場で臨んだ12月の議案提出でしたが、そもそも、この議案は、議会の承認があってはじめて決定されるものなのに、つまり審査委員会から、市長に答申が出され、市長が議会に諮るものですが、議案として提出される前に市のHPで審査結果を発表し、決定事項のように・・・議会は承認するものという前提のように・・・扱われていた事実。議案審査に当たっては、議員に参加5社の内容の提示は一切なく、決定業者の秀でている点のコメントのみの提示であったこと。

 委託された文教・福祉常任委員会で否決された議案であったため、採決では反対討論を4名が、賛成討論は1名であったにもかかわらず17名の起立で賛成多数。提出議案が承認されてしまいました。委員会で否決された議案ですから、賛成するには討論・考えを表にしてもらわないと訳がわかりません。

 後日談で、「執行部に頭を下げられてしまってなあ」という議員がいる状況。

議会無視、市民無視の状況を何とかせねばと、強く意識した議会でした。

2008.1.15 後藤光雄

2007 11月を振り返って

 地震防災特別委員会で、中越地震から3年が経過した小千谷市・長岡市へ視察に出かけました。小千谷市塩谷・長岡市山古志を訪れ、当時TVで見慣れた被災場所に生活のにおいが戻ったことにほっとしながら、集落の住民のつながりがいくつもの命を守った話。避難所生活もプライバシーの保護より集落ごとにまとめることが必要であった話を聴き、日ごろのお付き合いが命の桟なのだと再確認しました。

 会派で訪れた岩手県紫波郡紫波第一中学校の武道教育〔柔道〕の実践。1年生の男女合同の授業風景を見学して、子ども達の生き生きした姿に触れて先生方の努力に感嘆しました。
体を崩す動きをウォームアップに取り入れ、体と体のぶつかりや押さえ込みから逃れる体験などは、見ていてうらやましさを感じました。子どものこんな体験すら奪っている今の生活を見直すために大いに取り組むべきだと感じました。

 花巻市のわんこそば、75杯で「関脇」の認定をいただき南部杜氏の里を見学しました。
南部杜氏900余人が全国の酒蔵で活躍していること、酒造りの道具や歴史を一堂に集めた資料館に驚嘆しました。

 仙台市では、バイク・自転車の駐輪場づくり、シティセールス戦略プランについての説明を受けてきました。鈴鹿との対比、もちろん市の規模の違いはありますが、考え方で学べるものを吸収したいと思います。
突然訪れた常盤木学園高等学校。学校は、子どもたちが社会に出るために必要なものを身につけ、自立できるようにする場所で、教師はそのために努力をしなければならない。という理事長の考えが、随所に見られ感動のひと時をいただきました。

この、感嘆・驚嘆・感動の視察を、鈴鹿市政にいかに活かすか。ですね。

2007.12.3 後藤光雄

2007 10月を振り返って

地震防災特別委員会で、鈴鹿市庁舎の防災設備の見学をしました。
地震計、耐震性貯水槽100m3(1万人3日分の飲料水)非常用自家発電設備、ボランティア活動スペース、防災備蓄倉庫、災害対策本部室、庁舎制震装置、屋上高所カメラ、避難用はしご等々を見て回りました。

緊急地震速報の受信は、5階の防災安全課のみに設置。全館への一斉放送、市内全域への同報無線による一斉放送の実現が待たれます。

屋上からの避難は救助ヘリコプター。空中に停止するヘリコプターへの縄梯子での避難は、訓練も大変だけれど、実際の場面でどれだけ可能か、考えさせられました。
35メートルの消防はしご車のはしごは8階まで。
万が一の火災の場合スプリンクラー、不活性ガス、防火扉などの稼動によって屋上へ避難することがない様に祈りたいものです。

秋田国体のサッカー競技会場の仁賀保市を訪れました。
温泉施設に、宿泊、宴会、購買施設があり、いい湯と立派な芝生グラウンドを満喫できました。
温泉地帯ならではの、道の駅の温泉施設も多くの人が利用していました。

鈴鹿を訪れる人たちに、『来てよかった!』と喜んでいただけるものは、おもてなしの心と何なのでしょう。

2007.11.1 後藤光雄

2007 9月を振り返って
9月議会で一般質問をしました。詳細は質問議事録をご覧ください。
御薗町の清掃センターでのごみの投棄の際の安全性を確保してほしい。
学校給食の残飯の状況を把握することから、子供たちの食育・環境教育に生かせるように循環システムである堆肥化装置を設置していってほしい。という両質問に対して、実施していただける回答を得ました。早期の取組を期待します。

河芸町の『極楽湯』を利用していますが、そこで見た若者の体が、青年なのに子どもの体つきをしている子が増えていることに驚きました。

おそらく力仕事、スコップもつるはしも使ったことがないのでは・・・
重い荷物を持ったことがあるのだろうか・・・

そんな会話を学校の先生と交わしたら、「今は手伝う家の仕事や、役割自体がなくなってきているんですよ」とのこと。

団塊の世代の方々、会社から家庭に戻られたら、地域社会のために働いていただくのもありがたいことですが、家庭菜園で野菜を自給するような取組も是非お願いしたいと思います。

鍬を持って、畑を耕して、水をまいて、草を抜いて・・・
物を自分の力で作る。自然の力で物が育つことを知る機会を是非作ってほしいと思います。

当たり前のことだったのに、いつの間にか伝わらない時代になってしまっているんです。

子どもたちのために、今の世界を考えると、手遅れにならないうちにしなければならないことが多く見えてきます。

市民農園を増やしていくことも大切なことで、行政や、議員の役割だと感じています。

2007 8月を振り返って
スペインの「アスレチック・ビルバオ」のコーチ、ランデル氏が4日間サッカー教室を開いてくれた。
「なぜ日本では、技術練習の比重が高いのか?」「サッカーに必要なのは判断力。日本人が判断力を身につけたらワールドカップ優勝も近い」「コーチは、子供に判断力をつけさせる練習の組立てが仕事」・・・

教え込もうとする教育と、引き出そうとする教育観の違いをここでも感じました。
日本の教育、子育てを根本から見直さないと・・・

通訳の倉本氏。スペイン語が話せ、日本のことをしっかり説明できる好青年でした。
言葉が話せれば、インターナショナルなのではない。日本のことをしっかり伝えられ、外国の文化をしっかり理解する姿勢が、インターナショナルな人なのだ。

倉本氏を通じ、スペイン人のランデルと文化論議できたことが強烈な8月でした。
青年に「でっかいエネルギー」をいただきました。

2007.9.6 後藤光雄

2007 7月を振り返って
幼稚園入園前の乳幼児から、老人保健施設にデイサービスでお世話になる父まで、幅の広い出会いが多かった7月でした。

5・6歳の年長さんが、サマースクールで高野山に1泊2日の旅を経験しました。
親といない宿泊は、子どもをグーンと成長させてくれます。

250余人が集まるスポーツクラブのガーデンパーティ。
カレー作りを手伝う子ども達。バーベキュー担当のお父さんお母さん。
焼きそばは、プロ級の方々が。
参加して楽しむ姿が、ありがたいことです。

旭山動物園に視察に出かけました。
動物の人格(?)を尊重した園造りに感動。

韓国のウルサンから、サッカー交流で来鈴。
1日に、3時間以上試合ができる体力。
徴兵で、男はみんなサッカーをするお国の力の一端を見ました。

中央大学の卒業生の集まり。名古屋の学員会にお邪魔しました。
春日井市長もお見えでした。法曹界で活躍される方、経済界で活躍されえる方、等々。
同窓のつながりを噛締めました。

三重県教育委員会の仕事で、家庭の教育力向上支援会議に参加しています。
親としての気付きを体験してもらうプログラム作りをしています。

島国の日本は、外国に背を向けて文化を守ってきました。
バリヤーがなくなって、いろんな文化、思想が入り込んできて日本の大地の上に立っている事を忘れてしまった感じさえする今日。

島崎藤村のいう「ことばのつながる 血のつながる こころのつながる ふるさと」
を思いました。
つながりを感じていますか?

2007.8.7 後藤光雄

2007 6月を振り返って
6月定例議会がありました。
2期目であることや、すずか倶楽部を代表して質問したりで、新鮮に、また違った感覚で議会を過ごしました。

補正予算の賛成討論はブログで、代表質問は議事録を参照してください。

薬学部設置費補助金の支出については、総務委員会でかなり批判が出ましたし、私もしました。

鈴鹿市の判断が市民の皆さんに伝わっていない現状を改めて危惧した議会でした。

議会の雰囲気も少し変わりました。
市側も変わりました。国土交通省から副市長が出向してきます。

市民のための行政・政治ですが、「誰のため、何時のこと、何のため、どうしていくか」がみえる行政のあり方を追求できる議会作りのためにも努力してゆきます。

皆さんの参加も重要です。

2007.7.2 後藤光雄

2007 5月を振り返って
すずか倶楽部に,新人の中西議員が加わり4名の会派となりました。
今年は,私が会派の代表を勤めます。
地震防災特別委員会の委員長、総務常任委員会委員,鈴鹿市事業管理公社監事が私の担当です。

2期目を迎え、「責任」を強く感じています。
議会のメンバーも変わり,会派構成も変わり選挙という節目を経て、一皮むけた、成長した議会運営に努めたいと心に誓っています。

2007.6.12 後藤光雄

2007 4月を振り返って
選挙の月でした。

投票率59%は、議員も噛締めなければならない数字です。
行政に対する関心も、選挙に対する関心もUPするために・・・

押し付けの行政は過去のもの
市民が望めば変わるのが、あるべき行政
だから情報の開示が必要なのです

代弁者たる議員の力、執行者である市長の力
これがオープンにぶつかるのが議会
もっと、議論される議会づくりに努めねば・・・

選挙の縛りも理解していただかなくては・・・
選挙後の街宣車での挨拶は禁止されています。
堂々とされる方がいてビックリ。

当選御礼の書簡は本人手書きのみが許されています。
ゆっくり挑戦しようと思っています。

2007.5.10 後藤光雄

2007 3月を振り返って

3月議会で一般質問をしました。
「緊急地震速報への対応について」
「災害復旧時の企業との連携について」と
「情報の伝達、収集について」質問しました。

『鈴鹿市に守られている』と感じたことがありますか?
『日本に住んでよかった』と意識した事がありますか?

人は、護るものがあるから 戦える!
人は、夢があるから 強くなれる!

21日、飼い犬『コロ』が突然の事故で亡くなりました。
心に、生活に穴があいてしまった感じ・・・
これが肉親だったらと思うと・・・

輪島で起こった地震の事を
どれだけ自分達の事と感じてくれているのか・・・
あなたは、鈴鹿市に満足していますか?

2007.4.12 後藤光雄

2007 2月を振り返って
2月3日市政報告会を開催しました。
お越しいただけなかった方々へ、市政の報告や議員活動、私の思いをどうお伝えするかが課題です。
出来ましたら茶飲み話にでもお伝えいただけたらと思います。

2月17日事務所開きをさせていただきました。
寒い中多くの方にお集まりいただきました。本当にありがとうございました。
今回は、あいさつ回りの前に事務所を開きました。
初陣との違いを肌で感じています。

鈴鹿に生まれて、鈴鹿に住んで、鈴鹿にやってきて本当に良かったといえるまちづくり。市政のあり方を追求していきます。
鈴鹿の子供たちが、それぞれに夢を持てる。鈴鹿の子供たちに夢を託せるまちづくり。
そんな環境づくりを追求していきます。

2007.3.2 後藤光雄

2007 一月を振り返って

1月8日全日本女子ユース(U-18)サッカー選手権決勝戦で次女・三知がお世話になっている仙台市の常盤木学園高校が初優勝しました。
5年前の全日本高等学校女子サッカー選手権で優勝して以来4年間準優勝の苦汁を飲まされた結果の初優勝でした。

準優勝も素晴らしい事だと、慰めてきましたが
試合後、娘の「決勝戦で勝つか負けるかの違いはぜーんぜん違うよ!」
の言葉に、その感激を知った人間としての努力と精進を願います。
再び感激を味わえるように・・・

『勝者は,勝者と集まる。そこで話されている事は,常に前進することだ。
敗者は敗者と集まりそこで話されている事は愚痴ばかりだ・・・』

2007.2.2 後藤光雄

2007 年頭にあたって

新年明けましておめでとうございます。

「チームとは、個の力の集合
個がチームのために、チームが個の為に
そんな心の和の力が勝負を決める

何処に属し、どの位置を担うかは
個の力次第だけれど・・・
チームが背負うものは、歴史・期待
そして役割や使命もある・・・

“愛されるまち”の一員として
今年も力いっぱい頑張ろうと思う。

明子・真吾・史・三知・健斗ともども
よろしくお願いします。

2007年 元旦

サッカーW杯での日本代表の姿
年末の全国高校バスケットでの岐阜女子の活躍等に
生きる自分と活かされる自分のありようを
そして、立場や期待、歴史上の使命なども
考えさせられた一年でした。

いくつかの立場をいただいて
今年も活かされるように、生きたいと思いますが
愛されるまち『鈴鹿』のために
一層、目・気を配っていきたいと思います。
本年もよろしくお願いします。

2006 11月を振り返って・・・・・

11月1日会派視察3日目、
大分県宇佐市の駅館(やっかん)小学校を訪問しました。
大分県「教育の日」制定のモデル校となった学校です。
教室で落ち着きのない子ども達。
朝15分の読書を取入れて、変わったそうです。

駅館(やっかん)小学校の取組みで素晴らしいところは
自分達で読書、上級生の読み聞かせ
母親ボランティアの読み聞かせを取入れたところです。
しかも読み聞かせリストが張り出してある。

この取組の幅が、多くの子どもを読書好きにしたのでしょう。

子どもは本来、知的欲求が強いものです。
ゲーム、テレビに依存しない子どもを作るには、
読書好きにすることも一案です。

現状分析と対応協議
ここに、誰のため、何のために どのように・・・
誰が、いつ、どこで、どのように・・・
そして、それがどうなったか・・・
もっといい方法は・・・

やればできるんですよね。
公立小学校でも。。。

2006.12.3 後藤光雄

2006 10月を振り返って・・・・・
 

10月30日会派視察で、久留米市役所を訪問しました。
駅から庁舎に向かう車中から見えた のっぽビル
こんな大きなホテル?と思ったら、久留米市役所でした。

20階建て、90メートル級ののっぽビル
どこかの市役所に似ていたので感想を尋ねると
「横に広い方が、使い勝手が・・・いいそうです。」

久留米市は、ブリヂストン創業の地。
ムーンスター、アサヒコーポレーションの
ゴム3社の町だそうです。

かねてから救急医療の体制のあった『聖マリア病院』と、久留米大学病院と町の開業医の先生方が手をつないで、
19:00から23:00まで通年で
小児救急医療体制が実現したそうです。

庁舎が似てても恥ずかしくありません。
開業医(地元医師会)と大きな病院の連携で、
夜間の小児救急医療体制が出来ないのは
恥ずかしいと思いました。

2006.11.6 後藤光雄

2006 9月を振り返って・・・・・
 

津市では、被災時にペットと共に非難しようとする市民の安全安心のために、津市の獣医師会と災害時における協定書を交わしました。

神戸の震災、新潟地震の際にもペットと共に居たいが為の悲しいニュースをいくつも耳にしました。

鈴鹿市の防災会議には、獣医師会の名前がありません。

民間の緊急避難所に指定されていても、協定書も、協議すらもされていません。土木・水道・下水道応急復旧指定業者の一覧はありますが、被災時の行動計画や備蓄の打ち合わせの協議も聞きません。

津波の避難サイレンをご存知ですか?

鈴鹿市の安全安心は、どうなっているのでしょう。

議員も悪い!すみません。

「自助・共助・公助」今一度真剣に考えないと危機緊迫の状況です。

2006.10.5 後藤光雄

2006 8月を振り返って・・・・・
 

長野県木曽郡楢川村立「楢川中学校」を昭和47年3月に卒業した82名のうち41名が8月13日に集いました。

昭和31年、32年生まれの今年で50歳を迎える節目と、楢川村が塩尻市と合併した折り目に久しぶりの再会をということでした。

 楢川村にあった『楢川小学校』と『贄川小学校』が統廃合されて新しい塩尻市立『楢川小学校』ができるようです。

それに伴って校歌も作り直すそうです。

現在の楢川小学校校歌の作詞は、菊池重三郎という作家で、私が乳飲み子の頃住んでいた家を買い取って一部移設した方でした。

木曽郡南木曾町の『読書小学校』も『南木曽小学校』に変わるようです。

 変えること、変わることの必要性と、守る事、守るものの重さも考えねば・・・と痛感しました。

行政がいう「パブリックコメント」の集め方、ここに目を向けないと『ひとの心』が軽んじられてしまう気がします。

2006.8.30 後藤光雄

2006 7月を振り返って・・・・・
 

7月は、多くの視察に出かけさせていただきました。

富山市は、新交通システム『ライトレール』という市電。もっと参考になったのが、富山城に作られた歴史博物館のあり様でした。

金沢市では、小中一貫の英語教育の進め方

 金沢市の教育に対する姿勢が勉強になりました。それがまちづくりにも通じていました。

札幌市で開かれた全国都市問題会議

 特に旭川市の旭山動物園園長の話、建築家安藤忠雄氏の話が参考になりました。

松本市『交通安全施策』

 市民を巻き込んでの対策に敬服。

掛川市『環境資源ギャラリー』

 掛川市の辞書には「ごみ」という文字がなくなり「資源」というようになります。という職員の説明。『ゴミ処理施設』のあり方の考え方が違いました。脱帽。

横浜市『ものづくり支援事業』

 市の規模の違いがあるものの、参考になる取組がありました。横浜市民カーを創造しています。

 

鈴鹿市の施策と違った視線が感じられる視察が多く、参考になりました。

これを鈴鹿市政にどう反映させるかが使命なのですが、これが、たいへんなのです。が、努力・努力・そして信念。です。

2006.8.3 後藤光雄

2006 6月を振り返って・・・・・
 

ドイツW杯。

日本代表の敗戦にいろんなことを考えました。

 

日本サッカー協会は、

「DREAM 2005年宣言」と称して

日本サッカーの目標を掲げています。

「夢があるから強くなる」がキャッチコピーです。

どんな大会も、優勝チーム以外は必ず負けます。

どんな戦いをするか、そこに感動が生まれます。

『守るものがあるから、人は戦えるのです』

戦う姿を見せてくれた選手が少なかった事が

一番残念でした。

なぜ、戦えなかったかをしっかり考えないと、強くなる努力が無駄になってしまいます。

 

チーム作りも、市政も原点は同じ!!!

2006.7.10 後藤光雄

2006 5月を振り返って・・・・・
 

子どもにかかわる悲しい事件報道が続きます。
残念な時代になってしまったと
責任の一端も感じますが、こんな資料もあります。
−警視庁の統計によれば、
小学生の殺人被害者の数は減りつづけています。
1975年から80年の5年間に殺人被害にあった小学生は80人近くいたが、90年から94年の間は約30人に減り、2000年から2004年の5年間では20人ほどに減っている。
(『週間金曜日』2006.4/7号参照)
増えているのは、報道の量なのです。−

真実を見つめる目をもちたいと思います。
確認する意識をもちたいと思います。
報道の無軌道さに乗せられて踊らされないように、生活したいと思います。
だって、「世の中って、いろいろあるけど、面白いところだよ」って
子ども達に伝える事の方が大切でしょ!


2006.6.5 後藤光雄

2006 4月を振り返って・・・・・
 

4月14日母校の開校記念日に講演の機会を戴いた。
30年前と、生徒は半分になってしまっていた。
定年になったら故郷に戻って・・・という同級生もいるが
このままでは存続すら危いという。
学び舎でつながる糸が切れてしまうということは至極残念!
「血につながる ふるさと」
「心につながる ふるさと」
「言葉につながる ふるさと」
島崎藤村の詩ではないけれど、今,これからの時代に必要なのは
「つながり」ではないかと思う。
家族・地域・自然との・・・
「共に生きる!」
教育も,行政も,政治も見直す時です。
急いで・・・

2006.5.2 後藤光雄
 

2006 3月を振り返って・・・・・
 

3月議会で気になる一件
佐久間議員が庁舎エレベーターの移動状況表示が無い点を質問した。
回答は,「コンピュータ制御で動くため、通過するのが見えると余計な神経を使わせてしまうから・・・」と。
情報を公開したくない意識が、こうさせている!?

3月末、会派で鹿児島県の『知覧』と『種子島』を視察しました。
桜満開の知覧の特攻記念館。
過去の現実を青年将校たちの言葉で殴られました。
ロケット基地 ・ 鉄砲伝来の地 種子島
未来への現実を学びました。
今を生きる。
その生き方を、改めて考えさせられました。
 

2006.4.4 後藤光雄
 

2006 2月を振り返って・・・・・
 

2月は多くの人や言葉にパワーをいただきました。


「スポーツを文化に・・」
「生活の中でトレーニングが出来る」
長沼健氏(日本サッカー協会最高顧問)


70歳でスキーの直滑降の楽しさを知り果敢に滑る姿に「大丈夫ですか」と声をかけたら「人生、チャレンジです」
平岡玄次氏(鈴鹿回生病院理事長)


CM契約による建設工事で15%予算削減した岐阜市希望社の桑原耕司社長の言葉「建築主の為に・・」

何気ない語りにその人の人生が見えます。
「誰のために、何のために、いつ、何を、どうするか」

この原点を忘れないで生きたいものです。
 

2006.3.6

 
2006 1月を振り返って・・・・・
 

鈴鹿市庁舎が新しくなりました。
一新した環境でいい仕事をお願いしたいと行政に望み、
議会も議場に負けないようにと思っています。
是非一度足をお運びいただいて、ご意見いただけたらと思います。

回生病院にて、「人間ドック」健康診断を受けてきました。
特に問題なさそうです。健康な身体に感謝。です。

身体の組織はもちろんですが、人の組織も時々胃カメラで覗くようにチェックが必要です。
そんな意識と、仕組みが必要なのですね。
 

2006.2.1

 

 日が昇るのは、自転しているからであり

 起こったことを、どう思うかで次の一手が変わる

 

 『知識』と『構え』が、大黒屋光太夫

 厳寒のロシアからの9年半後の生還を

 生み出したとすると

 氾濫する情報を見極める『知恵』と、

 目標を見失わない『姿勢』を持ち続けたい

 本年もどうぞよろしくお願い致します

 平成18年1月 後藤光雄

2005 12月を振り返って・・・・・
 

鈴鹿市庁舎も新年と共に新しくなる。
歴史の詰まった旧庁舎と共に、現職議長が逝ってしまいました。
15年間の議員活動ご苦労様でした。

なんと人の命の儚さか
と思うと同時に
人の生、自分の生の意味を再確認しました。

鈴鹿に生まれて、鈴鹿に住んで、
鈴鹿にやって来て、本当に良かったといえるまちづくり

頑張ります。

2006.1.12

2005 11月を振り返って・・・・・
 

北海道恵庭市長になられた中島興世さん。おめでとうございます。
ここでも世の動きを感じます。
自分達のまちを自分達で考えて、まちづくりしようとする動きが着実に広がっています。
リーダーのあり方を考えさせられます。

叔父の葬儀の関係で、自分が生まれた木曽の村を久しぶりに尋ねました。
幼い頃走り回った野山はそのままでしたが、あんなに広かったものが、
あんなに遠かったところが、なんと・・・
変わらない自然と、変わってゆく人間社会、そして相互の関係
妻籠宿の少し奥に出来ていた立派なホテルと温泉。
過疎の村も生き残りに必死です。

鈴鹿市の人口が

199,487人 (10月31日現在)
女性 99,379人  
男性 100,108人  
外国人 9,043人 (4.5%)

あなたは鈴鹿市がどんなまちになることを望みますか?

2005.12.1

2005 10月を振り返って・・・・・
 

小樽の友人が紹介してくださった

元恵庭市議の中島興世さん。

 

氏のホームページにある「スミス都へ行く」を観ました。「純粋に、勇気、感動、やらなくっちゃ」と元気にさせてくれる映画でした。『誰のため、何のために、何を どうする』このことの重要性を改めて胸に刻みました。

 

中島さん、議員1期目の途中で市民のための財政投資を訴えて市長選にチャレンジしています。多くの人のご理解を得られることをお祈りしています。

 

東京都千代田区西神田公園に

介護予防施設「いきいきトリムコース」と題した

体操補助器具が設置されています。

福祉担当課と公園管理担当課がうまく機能しないと出来ない事でもあり、今後増設されるそうですが、心配りに感嘆。

 都会より歩行量が少ないといわれる地方こそが考えなければいけない事なのに・・・

 

『安心・安全』を訴える鈴鹿市政。

誰が、何処を見て、何から感じる安心・安全なんでしょうか。

市民への緊急危険告知の姿勢がひと月以上経っても何も見えてきません。

2005.11.4

2005 9月を振り返って・・・・・
 

会派視察で訪れた小樽市へ、会社を経営する友達3人と出かけました。

小樽のグランプリ構想を説明してくださった市職員の話し振りが気に入り、まちづくりに企業家が参加している話しを確かめに出かけたのです。

 

あふれんばかりの観光客、大正時代の家屋を移築しようとしている昆布屋の主、ドミニカから40数年ぶりに戻って喫茶店をしているコーヒー農場主。

ふるさとを愛する心、

未来を向いた姿勢、男気・・・と

やる気を実現させようとする市職員の働き!

 

鈴鹿をもっと!もっと・・・

エネルギーを戴いてきました。

さあ、目標は大きく!

     知恵を絞って一歩ずつ!・・・です。

 

一般質問した「危険を知らせる放送設備の設置」は、取り組んでいただけるとのことです。
対応の時間で市の姿勢がわかります。
「市民の生命・財産を守る」という意識が見えるはずです。

2005.10.7

2005 8月を振り返って・・・・・
 

建設水道常任委員会の視察で
盛岡市を訪れました。

「さんさ踊り」で沸き上がったメイン通り、
翌朝6時過ぎにはゴミのかけらも見られない程に片付けられていてびっくり。

 

橋の袂に護岸修復工事の案内看板があり、写真を使ったその説明にも、行政と市民の一体感を感じました。

写真 護岸工事の看板

 

仙台平野の大稲作地域の登米市。

平地がゆえに農業用水の確保にたいへんな努力がされていました。

鈴鹿の恵まれた環境を再認識。

 

市民と行政の協働には、情報の共有が第1歩だと痛感しました。

鈴鹿の情報公開。要チェックです。

2005.9.1

2005 7月を振り返って・・・・・
 

熱帯性の気候かと思わせる日本列島

会派視察で訪れた北海道に熱い男達がいました。
レールと舗装道路を自由に走る車輌を開発している
JR北海道のプロジェクトチームの4人。
小樽市のF1カ―の市街地レースを計画する男達と
型破りのまちづくり行政マンK氏。
熱い人が、熱いまちを創る!

市政報告会に約100名が参集して下さいました。
熱い気持ちに感謝。感謝。
気持ちに応えられるように精進。精進。

なでしこJAPAN伊賀合宿。
国旗と期待を胸に熱く戦う選手達
戦う気持ちを最大にする監督
熱い気持ちと冷静さ。我慢と演出力。
観るものを熱くするのは
ひたむきな些細な努力の積み重ね!

白子夏祭り。「すずかフェスティバル」
熱い踊りのオンパレード。
出店、人出も熱い夏祭り。
舞台裏を思い、白子のまちの未来を思う。

1+1が3や4になる+αのまちづくり
元気をいっぱいもらった7月でした。

2005.8.2

2005 6月を振り返って・・・・・
 

6月議会での質問。
『地方分権一括法が2000年に施行されて5年。
地方が自立するためには、住民を増やし、
市民参加の、市民によるまち(地域)づくりを
一日も早く実施すべきである。』


対して市長は、

『市町村にとって危機的状況が迫ってきている。
しかし、鈴鹿市はまだまだ恵まれた状況にありまして・・・』


・・詳しくは、議会質問のページに・・・


市民自治には、

市民との協働、市民参加条例うんぬん以前に
まちづくりに関する情報の共有、

情報の公開が必須なのですが
鈴鹿市では

ここの取組が問題ありの状況だと思いませんか。

鈴鹿市が恵まれているのは、

その自然環境や立地状況であって
市の運営は、

正に危機的状況にある・・・と。


何が出来るか。何をすべきか。です。

2005.7.11

2005 5月を振り返って・・・・・
 

日本サッカー協会では、
全国から選抜された中学生の強化トレーニングに

論理的に考える技術・話す技術の講習を取り入れています。

.

『子どもが将来、国際社会で
外国語を用いて活躍する事までを視野に入れ、
母国語運用技術を徹底的に訓練。

わかりやすい説明や報告などに並行し、
論理的思考力、分析力、批判的思考力など、
実社会で必要不可欠な能力を開発するためのカリキュラム』という

講師の三森(さんもり)ゆりかさんの指導力を、

人間としての競技力を高めようとする
日本サッカー協会が採用したものです。

.

言葉と思考は強いつながりがあります。

言葉遣い、話し方にもっと関心を持って
子育てに取り組まなければならない状況にある
と強く感じています。

.

『自立』まさしく自分の足で立てるように、

目で見たこと耳にしたことを自分の意見で言えるように、

子育てを見直そうではありませんか。

2005.6.3

2005 4月を振り返って・・・・・

4月13日、伊賀の自動車リサイクル工場を見学。

本当に無駄なく再生されているのに驚きました。

社長の地球環境を思う気持ちがとても強く伝わり

エネルギー・パワーを戴くことが出来ました。

 

4月28日オープン前日の「果菜彩」を見学しました。

生産者の顔が見える地産地消の販売所。

各地で開催されている朝市や、白子港での海産物との併売など、

鈴鹿に人の足が向く工夫をしてゆかなければ・・・・と思いました。

 

白子駅前広場の件も然りですが、

一つひとつの解決策ではなくて

グローバルに観る・考えることが

必要なときだと思います。

天候も過去のデータでは

追いきれない時代がやってきています。

2005.5.10

2005 3月を振り返って・・・・・

 月末に訪問した佐世保市・佐賀市で
『市長の存在感』
を体感しました。

市長の言葉が職員の口から語られ、
市内にはその実現の姿が見える街。

鈴鹿市に住んで・・・

自然と歴史の豊かな鈴鹿に住んでよかったといえるには・・・  

 

 先月のこの欄にあげた
ゲーテの詩を教示してくれた恩師が、
赴任校に校長 として戻ってきてくれたと、
田舎の仲間から連絡がありました。

 『田舎でも努力すれば世界が広がることを教えてあげて欲しい』
赴任先の 校長に言われた新米先生は、
3年目には全国大会出場を果たしました。

 赴任するたびに全国大会へ生徒を出場させる先生は
『優勝請負人』と言われるようになり
教頭で赴任した高校ではスキー部が全国2連覇をしてしまった。

 定年まで後2年、
最後の職場を赴任校としてくださった先生の心に
『感動』

 

 振り返ると、力をもらった言葉や、仲間、出来事がある。

『ふるさと』には、優しさと厳しさがあるからこそ充電される。

 鈴鹿の地が充電の地となるためにしなければならない事。

年度の終わりに、色々と考えさせられました。

2005.4.10

2005 2月を振り返って・・・・・

2月19日、中京大学の高橋繁浩氏のお話しを聞く機会がありました。アテネオリンピックに向けての、本番での舞台裏の選手達の裏話。

降りかかる試練をどう乗り切るか。

クリアーするだけでなく、次へのエネルギーに切り替える力・・・

人生には、登り坂とくだり坂があり、

ペダルの重さを感じている大切さを改めて感じました。

 

2月18日、蘇南高校サッカー部の1つ先輩と久しぶりに再会。

創部2年目の新人戦で長野県初優勝。

3年目で全国大会に出場させてくれた、恩師平林正光先生

大会前に選手に渡してくれた檄文。 ゲーテの詩。

『望みを達成するために 自信を持って戦え

 胸を張ることだ

 臆病な 尻込みや 不安のためらいや 女々しい足踏みや

 哀れみを乞う訴えなどでは

 決して苦しみを拭い去る事はできない

 どんなに厚い壁にも 力強く立ち向かい

 屈服する事の悔しさを思い

 あくまでも戦い抜くことだ』

前進する事の原点・エネルギーは

高校時代に戴いたこの詩だったと・・・

 

経験が人を育てる。

うん、まちがいない!

 2005.3.22

2005 1月を振り返って・・・・・

1/4〜6の2泊3日で21年目となるスキー教室に、53名の子ども達を連れて薮原スキー場に出かけました。
民宿の食堂には20年の歴史(集合写真)が並んでいます。
木祖村の助役さんをされている民宿の主人といいお付き合いをさせていただいています。
初めてのスキーでも殆どの子どもがリフトを乗り継いで楽しんできました。

 

1/8 仙台市の常盤木学園シュトラウスホールで開催されたウィーン・リング・アンサンブルのコンサートを聴くことが出来ました。ヴァイオリンのこれほど優しい調べに触れられ幸せでした。
音楽の深さ・伝統・ホール・縁・・・勉強になりました。

 

1/26 日本サッカー協会との情報交換会。
2015年の約束「世界トップ10のチームに」
2050年の約束「ワールドカップ開催と優勝」
2005年宣言DREAM「夢があるから強くなる」
目標に向かって一歩ずつ着実に進めるJFAの姿勢に元気を戴いて来ました。

 

「夢があるから強くなる」JFA

「護るものがあるから闘える」Mitsuoです。

2005.2.1

2005年

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新年あけまして

おめでとうございます

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 文明の進歩と文化の伝承。次の世のためを思うと、子ども達にとってどうあるべきかと重なるのは当然。必然のこと。

 教育の目的は、自立できるように、未来の幸せを自分の手でつかめるようにしてあげること。

 もって生まれた才能を、それぞれが活せられるような世の中にするのが、大人の、先人の務め。

次の世を思い、子どもを思い声を上げていこうと思う。

本年もよろしくお願いします。

 
2005年年賀状より

 

あけまして おめでとうございます

子を思い、世を思い、親を想い、未来を想う。

誕生し、成長し、発達し、継承してゆく。

今、何にとって、誰にとって・・・何が必要か

   何のために、誰の為に・・・何をするか

2005年も、よろしくお願いします。

2005年元旦 後藤光雄

2004 12月を振り返って・・・・・

9・29 台風21号がらみの集中豪雨で

鈴鹿市が受けた公的な被害は

約8400万円にのぼりましたが、

これは市民全体が受けた被害であり、

市民個々人の被害は

それぞれの人たちにプラスされていることになります。

(ちなみに床上浸水の見舞金は7,000円です。)

 

災害被害は市民全体の損害であることを

市全体で意識出来るようにならなければ

市の発展は遅れるばかり・・・

 

そんな気持ちで一般質問をしました。

市の行政的縦割りと、市民対応の横断的な取り組み。

この融和が必要である事を

もっと主張してゆきたいと思っています。

 

2004年も、たくさんの人達のお力をいただき

2005年へとステップできそうです。

 

ありがとうございました。

2005.1.1

2004 11月を振り返って・・・・・

鈴鹿市の平成15年度の会計決算議会が開かれました。

無駄や、余分な支出になりそうな

体制や仕組みにはメスを入れられるように

感性を磨きたいと思っています。

 

市民のお金を、

市民のために、

市民の手による、まちづくりをめざして。

 

元気が出る、人に伝えたい言葉に出会いました。

 

「がまんすることは、力をためていること・・・」

 

人の成長に、この経験は大切な事だと改めて思います。

2004.12.6

2004 10月を振り返って・・・・・

 突然襲った新潟中越地震。

土砂の中から救出された男の子の生命力にも驚かされましたが、被災された皆様のご苦労を思い、一日も早い復旧を祈ります。

 避難生活の中、自分たちで道路復旧作業をした人たち・・・・

 鈴鹿市に置き換えて状況の推移をしっかり記憶したいと思っています。

 

 鼓ヶ浦中学校の体育祭を見学させていただきました。

 

ighting Spirit  勝とうとする姿勢

riend Ship   共(友・朋・伴・侶)を思う気持ち

air Play     公正・正当な態度

 

三つのを感じ、エネルギーをもらい、

気分よく帰路につきました。

 

子どもは宝です。

教育の重要性も然り。です。

2004.11.1

2004 9月を振り返って・・・・・

埼玉県での国民体育大会・サッカー競技に三重県チームが出場したものの、選手の健闘空しく初戦敗退でした。

 

 アテネパラリンピック出場の伊藤智也選手。車椅子マラソンの結果は、4位でした。NHKの「人間ドキュメント」を見た後でしたので、身内のことのように胸が熱くなりました。

 

 スポーツする素晴らしさをもっともっと多くの人に!

 

 9月24日、雨による道路の冠水があり驚きましたが、29日の台風21号がらみの豪雨には、本当に驚きました。床上・床下浸水、車等の水没等々被害に遭われた方々へお見舞い申し上げます。

 

 自然災害とはいえ、どうしたら被害を防げるかをしっかり考える機会としたいものです。

 

 鈴鹿市の「メルモニメール(災害)」で市内の様子がよくわかり、助かりました。

是非、登録を・・・・

2004 8月を振り返って・・・・・

オリンピック に眠れない夜を過ごした

台風 に不安な夜を過ごした

心 が揺れた8月

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心の揺れ幅は みな違う

流す涙は 色も味も違う

でも 大人だけでなく 子どもも涙する

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感動 って何?

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積み上げられてゆくもの?

失ってゆくもの?

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心が動く ガーンと動く じんわり動く・・・

心が動く と自分がわかる

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心もからだも いっぱい動いて

いっぱい動いて 成長してゆく

そんな世界で 子どもが育つ

そんな世界を いつまでも

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そんな鈴鹿に! みんなの力で!

みんなで動けば 鈴鹿も変わる!

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・・・・・さあ、実りの秋!

たくさん吸った 太陽のエネルギーで

9月も 活き活き 一歩ずつ!

2004.9.2

2004 7月を振り返って・・・・・

暑い7月でした。

雨の少ない鈴鹿でしたが、ところによっては

超記録的豪雨。

人ばかりでなく、気候も変わってきている!?

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水井 新教育長の挨拶がありました。

 1.確かな学力を身につける。

 2.人権侵害をしない。心豊かな子。

 3.自らの命、他人の命を尊重し、

   自ら育むことのできる子。

 4.郷土『鈴鹿』を愛し、誇りをもてる子。

鈴鹿の子どもが、そうであるように、ご尽力いただけそうです。

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乾いた大地に染込む水となって、

大きく育ててほしい。

「大きく育つ」教育が、今本当に必要な時代が来ている気がしています。

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人は、水なしでは生きられません。

鈴鹿の水になって、

『鈴鹿に住んでよかった』と一人でも多くの人が思えるように

更に、アンテナを張って、精進。精進。

2004.8.2

2004 6月を振り返って・・・・・

6月議会で質問をしました。

『どうして鈴鹿に、夜間・土日の市民サービス窓口ができないか?』と。

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 寺家地区の水害防止対策委員会に出席しました。『高潮対策の水門は出来上がりました。しかし、川上の水を吐き出すポンプは1機しかなく、おそらく能力不足。2006年までには2機目が設置できると・・・』

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 市民ができること。市民がしなければならない事。

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 行政ができること、行政がしなければならない事。

     行政マンがしなければならない事。

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 議員ができること。そして、しなければならない事。

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 議会の責任。

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 市長の責任。

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 深く考えさせられた、又、少し先が見えた6月でした。

2004.7.1

2004
5月を振り返って・・・・・

駆け足の5月でした。

文教福祉常任委員会 副委員長

総合計画特別委員会 委員

都市計画審議会 委員

以上が本年度の任務です。

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「人は、教育によって人となる。

 安心の 福祉

 心を豊かにする 文化」

「まちづくりはひとづくり・ひとづくりはまちづくり」の言葉どおり

鈴鹿のために、この1年も邁進したいと

気持ちを新たにしました。

2004.6.4

2004
4月を振り返って・・・・・

新年度がスタートした4月。いろいろな団体で総会が開かれ役員交替も行われています。役員をしてはじめてわかる事・役員を辞めるにあたってどうしても伝えたい事・・・etc 多くの思いを、感じ・戴きました。

『一人が、チームのために。チームが、一人のために』街もこうありたい。と思いました。

2004.5.6

2004
3月を振り返って・・・・・・

16年度 予算案の審議がありました。

「安心・安全の街づくり」これは市民生活のベースです。

鈴鹿市が、そのベースの上にどんな街づくりをしてゆくのか

そんな視点で予算案を見ていましたが・・・

 議会に請願された「私立幼稚園の耐震補強工事への助成」が教育民生委員会で150分の審議の末『採決』されたのに、本会議で請願内容でなく、文章表現についての質疑が出されて否決されてしまうということがありました。

「これが政治の世界だ」などと決して納得はしていません。

転んでも起きる。負けたら次の勝負に向けて 又 努力。

スポーツで鍛える事は、粘着気質に、勝つ術を身につけることにも通ずる・・・・

「なに、くそ!」の気概で新年度を迎えられる事に感謝です。

『何の為、誰の為』常にこの視点を忘れずに、前進します。

2004.4.5

2004

2月を振り返って・・・・・

あっという間に2月が過ぎました。

「いい天気だねぇ」の「いい」というのは、誰にとって!?  そんなことを考えながら、駆け足の2月を振り返る。

鈴鹿市平成16年度予算案の説明会がありました。気を引き締めて目を通しています。

2004.3.2

2004

1月を振り返って・・・・・

目標に向かって登った高さに応じて、観えるものですよね。景色が・・・

8ヶ月の議員生活の上に、改めてスタート台に立ったこの1月。心弾む思いに、初心を大切に一歩ずつ大地を感じながら歩んでゆきたいと、キックオフの笛を待つ心境です。

2004.2.2

2004年

 

あけましておめでとうございます

 

2003年は”新政会”に大変お世話になりました。

2004年は新たに”すずか倶楽部”という新会派を結成して、新たな一歩を踏み出す決意です。本年もよろしくお願い申し上げます。

 2004年年賀状より

  我思う、ゆえに我あり!

 思い型が、自分の生き方に通ずるのなら

   思い型の違いを認めるのが、人を認めること。

 But 出会い・出来事が思い型を変えてゆくのも事実なら

   人は、何にでもなれる。何でもできる可能性がある!

 Only One で、いいけれど、

   同じ目標に向かって活きる個性の集結が、

     POWERなのかもしれない。

 思うとは心のあり方。

   想う・念う・憶う・惟う・謂う・・・尾も兎!?

 思いが動きに表れるなら、心の置き処・あり方に心して・・・

 本年も一所けんめい生きてゆこうと思う。

 家族ともども、よろしくお願い致します。

2004年元旦 後藤光雄

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