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■■■平成19年12月定例会 (12月12日) |
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| 質問1 | 本年7月にまとめられた「すずかブランドときめき戦略」は、どのように作られたか | |||||||||||||||
| 答弁1 | 若手職員13名から成る検討ワーキンググループを設置し、15ヶ月16回のワーキングをもって、庁内会議・商工会議所等とも意見交換して作成した。 | |||||||||||||||
| 質問2 | 仙台市のシティセールス戦略のように、具体的プランや、数値目標を掲げた方が部局間連携も明確になると考えるが、どのように推進していくのか。 | |||||||||||||||
| 答弁2 | 庁内の情報共有・意識づけを行ってきた。第5次総合計画の単位施策に成果指標を設定しているので、この指標をシティセールスの見地から再検討して成果指標の達成に努めていく。 | |||||||||||||||
| 質問3 | 鈴鹿の歴史的・文化遺産を観光まちづくりに大いに活かして欲しい。鈴鹿に縁のあるヒト・モノを大切に、地域のまちづくり意識と協働して集客交流事業を展開して欲しい。 | |||||||||||||||
| 答弁3 | 後世に継承していく責任のある文化財は大切にしながら「住んでよし、訪れてよし」のまちづくりの為に、10月に立ち上げた「鈴鹿市観光まちづくり委員会」を中心に庁内関係各課との連携はもちろん市民のみなさん、民間事業所のみなさんの御協力もお願いしながら進めてまいります。 | |||||||||||||||
■平成19年12月12日 要約 議事録
1.後藤光雄 2.市長 3.企画財務部長 4.後藤光雄 5.企画財務部長 6.後藤光雄 7.企画財務部長 8.後藤光雄 9.企画財務部長 10.文化振興部長 11.後藤光雄 12.企画財務部長 13.後藤光雄 14.文化振興部長 15.産業振興部長 16.後藤光雄
| ■■■平成19年12月定例会 (12月12日) |
議席27番、すずか倶楽部の後藤光雄です。
今回は、通告に従いまして、鈴鹿市シティセールス戦略についてその作成の過程について、と戦略の推進について、そして観光まちづくりについての 質問をさせていただきます。
まず、戦略作成の過程について ですが、本年7月に鈴鹿市シティセールス戦略「鈴鹿ブランドときめき戦略」という冊子が配布されました。
振り返りますと、市長の17年度の施政方針に
『鈴鹿』ブランドの知名度をアップし、それにふさわしい、自主・自立したまち、住み良いまちとしての新しいモデル都市を構築したいと心に誓うところであります。
と、初めて「鈴鹿ブランド」という言葉が使われました。
そして、18年の施政方針では
「鈴鹿」を、安全性、快適性、利便性に対する信頼の証(あかし)とするとともに、
これは、安心・安全に気持ちよく暮らせる町ということでしょうか
「鈴鹿」独自の文化を創造し、それらを「鈴鹿ブランド」として確立し、発信・定着させることが大切であります。「鈴鹿ブランド」の確立は、定住人口の確保のみならず、将来の本市の発展に欠くことのできない資源、例えば、集客交流人口の確保や企業誘致などのほか、あらゆる「人」、「モノ」、「財」、「情報」などの資源の獲得に優位な状況をつくり出すことを可能とするものであります。
つまり、住む人も増え、訪れる人も増え、財政的に安定した鈴鹿であり続けたいということだという風に解釈させていただきました。
また、「鈴鹿ブランド」の確立と併行して推進すべきものがシティセールスであります。
ここで始めてシティセールスという言葉が出てまいります。
19年施政方針でも
『鈴鹿』という名は、世界的に広く知れております。しかし、これは「サーキットのまち」「世界的自動車レースが開催されたまち」として有名なだけで、本市の実態については、意外と知られていないと考えます。
そこで、私は、この本市の最大の強みである「知名度」を生かさない手はないと考え、「モータースポーツ都市」としての良好なイメージを高めるため、シティセールスを推進します。
最大の強みである知名度を『モータースポーツ都市』という風にしてしまったところに、ちょっと違和感を感じなくはないんですけれども、確かに『鈴鹿サーキットの』という風には言われますけど、
そのためには、『鈴鹿』をブランド化することが大切であると考え、本市固有の素材や他にない「強み」をメッセージ化し、鈴鹿ブランドを創造します。
ブランド化したものは、市外に向けてて情報発信しなければ、外から新たな資源を獲得することはできません。情報発信のためには、人的なつながりによる口コミが大きな威力を発揮することから、そのためのネットワークづくりに取り組みます。本市出身の著名人を特命大使として選任し、また市民や本市を愛し、本市に愛着を抱く方々を結集し、情報発信に努めます。
というように『鈴鹿』をいかにセールスしていくか述べていただいております。
17年に施政方針で触れた鈴鹿ブランドが19年7月に冊子となってくる過程についての説明をお願いしたいと思います。
庁内でプロジェクトを組んで作成されたのか、外部コンサルタントに委託したのでしょうか、どのように作り上げてきたものなのかという説明をお願いします。
それでは、後藤議員からの鈴鹿市シティーセールス戦略についてのご質問に答弁申し上げます。
地方分権の進展により、全国的に都市間競争が激化し始めることから、これからは、これまで先人のご努力により培われ、育まれてきた良好な素材や資源を、様々な形で「鈴鹿ブランド」として確立し、外部に発信していく必要があると考えまして、平成17年3月の施政方針に、これを盛り込んだ次第でございます。
また、平成17年度に、東京事務所の設置に関する調査をいたしました際に、現在の地方自治体の東京事務所の役割が、かつての国の補助金や情報を得るための拠点から、シティセールスのための情報発信拠点にシフトしているということを感じましたが、これからの時代は、シティセールスの考えを取り入れることが必要と考え、平成18年3月の施政方針に、シティセールスを盛り込み、戦略づくりに取り組んだ次第でございます。
具体的な戦略作成の過程につきましては、企画財務部長から答弁いたさせますので、よろしくお願いいたします。
それでは、後藤議員からのシティセールス戦略の作成過程についてのご質問に答弁申し上げます。
「みんなで築く鈴鹿夢プラン」の中で、鈴鹿市を取り巻く社会動向の内、「自主・自立と広域行政」の部分におきまして、
鈴鹿市の強みと弱みを十分に把握し、自己決定と自己責任の原則により、自主自立した行政経営を行い。。。。(第5次鈴鹿市総合計画 みんなで築く鈴鹿夢プラン p.5)
。。。云々と、書かれた件がございますが、これからの時代は本市の強みをブランド化し、それらを売り込んでいくことが必要でございます。
そのような考えで取り組みましたシティセールス戦略でございますが、具体的な作成につきましては、先ず、平成17年11月に、庁内若手職員を対象にメンバーを募集し、その結果、13名の職員から成る「シティセールス検討ワーキンググループ」を設置し、平成18年1月から平成19年3月まで、合計16回のワーキングを開催して取り組んでまいりました。
その作成手法につきましては、コンサルタントに頼ることなく、独自に、本市の強み・弱みを分析しながら進め、平成18年2月には、先進地である仙台市と川崎市、そして、同年8月には、新潟市と浜松市を視察し、それぞれの事例を参考にしながら基本方針を設定し、具体的な事業展開のイメージをまとめました。
この間、庁内での意識共有を図るため、作成の初期段階から、政策検討会議や政策幹部会議など、13回の庁内会議を活用し、議論、意見募集などを行なってまいりました。
また、庁外との連携も必要と考え、鈴鹿商工会議所、鈴鹿国際大学観光学科などとも意見交換し、さらには、本年5月に、市民に対するパブリックコメントも実施し、戦略の考えを共有するとともに、意見を戦略の参考とさせていただきました。
以上が、戦略作成の過程でございますが、シティセールスは、まだまだ、スタートしたばかりでございます。
これからは、ネットワークづくりと、庁内外の意識高揚などを図り、本市を効果的に売り込み、効率的に資源獲得が図れるよう、取り組んでまいりますので、よろしくご理解を賜りますようお願いいたします。
お答えで、
13名の職員で『シティセールス検討ワーキンググループ』を組まれて作成された
とのことですが、どのように13名が集まったのかをお尋ねします。
また、15ヶ月に亘ったわけですが、
16回のワーキングを開催して、13回の庁内会議をした
ということですが、政策検討会議と、政策幹部会議の違いについても、ここで説明をお願いします。
外部との連携も必要と考え、鈴鹿商工会議所、鈴鹿国際大学観光学科などとも意見交換した
、とありますが、商工会議所に同じような委員会でもあったのでしょうか。
それから、大学の観光学科というのは、教授をさす言葉でしょうか
もう少し詳しく、説明お願いいたします。
それでは、ワーキンググループの所属別内訳についてでございますが、まず、メンバーは、職員の柔軟な発想により戦略を作成しようといたしましたことから、主に若手職員を対象に募集したわけでございますが、2通りの募集を行ないまして、1つは、新たな戦略を作成するということから、平成16年度〜17年度に第5次総合計画の素案作成にあたった職員に対しまして、計画作りを経験したということから、希望を募り、その結果、5名の参加を得ました。
もう一つは、その他の一般職員から広く募り、8名の参加を得、募集人員10名程度に対しまして合計13名の参加を得まして、「シティセールス検討ワーキング」を組織いたしました。
メンバーは職場を離れての自由な発想による参加といたしましたが、部局別内訳としましては、平成17年度は、企画財務部、総務部、文化振興部、環境部、保健福祉部、教育委員会事務局、消防本部の、7部局から各1名、生活安全部、産業振興部、都市整備部の3部から各2名の参加となっておりまして、平成18年度の人事異動によりまして、結果的には、総務部、文化振興部、環境部、保健福祉部、土木部、教育委員会事務局、議会事務局の7部局から各1名、企画財務部、産業振興部、都市整備部の3部から各2名の参加となっております。
次に、政策検討会議と政策幹部会議の違いについてでございますが、それぞれの会議は、「庁内会議に関する規則」に定められている会議でございます。
政策幹部会議は、市長、副市長及び、水道事業管理者、教育委員会教育長、消防庁を含めた政策を担当する各部長等で構成され、市政の最高方針等とその推進に関する重要な施策を審議する意思決定機関と位置づけております。
一方、政策検討会議は企画財務部長、ならびに政策を担当する12部局の主幹・課長等で構成され、政策幹部会議より指示を受けた調査・検討事項、および、職員提案制度による提案事項を検討する評議機関として位置付けております。
戦略作成にあたり、外部との連携も必要と考えましたのは、一つには、都市の魅力や固有の素材が民間の活動の中から生まれるものが多くあること、もう一つには、同時に策定が進行しておりました「鈴鹿市観光振興基本計画」と重複する部分があり、これと棲み分ける必要がありましたことから、意見交換を行ないました。
鈴鹿商工会議所とは、平成18年9月に、同会議所青年部のまちづくり委員会及び、研修委員会の委員の方々と、また、12月には会頭等と意見交換させていただきました。
この他に、平成18年10月には農業生産者の方とも意見交換をさせていただきました。
主なご意見としましては、ブランド化するにはまずは地域の方々が認知する必要があること、それから、外部へ発信できるものであること、また、産品を外部に流通させるためには生産者だけでは無理があること、行政や団体などと協働していく必要があることなどのご意見がございました。
鈴鹿国際大学については、当時、観光振興基本計画を市から委託され策定を進めておられました、観光学科の講師の方と、集客交流とブランド創造について、重複する部分をどのように棲み分けするかを議論し、集客交流については、観光振興基本計画に、ブランド創造については、シティセールス戦略に主に盛り込むことで調整を図りました。
他にも、意見交換をしたいと考え、文化等々の分野もございましたが、うまく調整ができずに、断念をいたしました。
以上でございます。
私共の会派、すずか倶楽部で、先月、仙台市のシティセールス戦略を視察させていただきました。
鈴鹿と比較して、それぞれの掘り下げ方、たとえば、鈴鹿の強みについての検証が深くされてない印象を受けております。
同時に進行していた観光振興基本計画との重複を避けたようですが、シティセールス戦略を発信するのに、作成側の都合で、集客交流とブランド創造についてをすみ分けたということですが、読み側、市民軽視のできばえになっているような気がしてなりません。
政策検討会議、政策幹部会議で、どちらからも指摘がされなかったのかと少々残念です。
既に発信されているものですから、次の質問に移りたいと思いますが、シティセールスすずかブランドときめき戦略は、8月5日号の広報で紹介していただいています。
人口減少などの大きな変革の時代における将来都市像の実現のために必要となるヒト、モノ。カネ、情報・技術といった資源を、行政だけでなく市民や事業者の皆さんと協働しながら、あらゆる機会を捉えて推進していくことが必要です。
「ネットワークづくり」と「鈴鹿ブランドの創造」を展開して、推進について、庁内では、本市の持つ強みや固有の素材、インフラ整備の状況など、情報を幅広く発信したり、今ある事業も含め、あらゆる支店でのシティセールスを常に意識しながら全庁的に取り組んで生きます。
そして、本市の魅力を対外的に情報発信していく上での担い手として、各分野で活躍する皆さんと連携しながらシティセールスを推進していきます。
と広報されています。
どうやって展開していくのか、具体的に、庁内の、鈴鹿市の推進方法について、お尋ねしたいと思います。
ワーキンググループを組んで、自作したということは、全庁的に取り組む姿勢のあらわれだという風に思うのですが、各部局へはどういったおろし方をされて、また、現在も進行形、これからも続いていく事業ですけれども、どういう風にボトムアップ、意見の吸い上げ、またトップダウンして、しかも横断的に展開・推進していくようになっているのか、その考え方・方法についての説明を願いたいと思います。
それでは、シティセールスの推進に対する考え方及び、各部局への指示、部局間調整等について答弁申し上げます。
シティセールスを推進するにあたりましては、行政だけでなく、市民、市民団体、経済界など地域全体が、普段からシティセールスに対する意識を持ち、一体となって推進することが必要と考えます。
また、庁内での取り組みにつきましては、これまで、シティセールスの考え方を企画財務部で戦略としてまとめましたが、シティセールスで使われるべき本市の魅力や固有素材は都市としての魅力のような大きなものから、産品のようなものまであり、具体的事業推進につきましては、それぞれの事業目的に沿って、取りまとめをいたしました企画財務部が中心となって、部局間連携を図りながら、取り組んでいくことが大切であると考えております。
そのため、戦略の素案作成段階から、ワーキンググループでの議論を庁内LANで掲示し、全庁的に情報を共有しておりましたし、庁内各部局が意見を持ち寄って策定したものでございます。
そして、政策検討会議、政策幹部会議での議論を経て、最終的にできあがりました戦略につきましては、本年8月上旬に、全庁的な取り組みをするため、庁内LANに掲載し、周知いたしました。
今後さらに、庁内挙げて「シティセールス」を意識し、既存の事業においても、その視点を変えることで、「シティセールス」として取り組むなど、庁内一丸となったシティセールスを推進してまいりたいと考えております。
以上でございます。
お答えの中で、
シティセールスの考え方を企画財務部で戦略としてまとめましたが具体的事業推進については、それぞれの事業目的に沿って、部局間連携を図りながら、各部局で取り組んでいくことが適切であると考えている。
というようなお答えでした。
本当はここで、各部局の長にシティセールスをどう捕らえて、どう推進していくのかを、水道・消防をふくめて12部局の長にお答えしていただきたいところなんですが、考えを聞きたいところですが、
時間の関係もありますので、それは残念ながら控えさせていただきますが、それぞれの部局で、今ある事業も含め、あらゆる視点で、シティセールスを常に意識して、取り組んでみえるのでしょうか。ワーキンググループの議論を庁内LANで掲示し情報の共有をしていたという風に言われましたが、一方的に流して終わってはいないでしょうか、伝わったという確認をとれる方法はとられていたのでしょうか、常に意識して取り組むということを、そういう姿勢をどのように職員に伝えているのでしょうか。
企画部長にお尋ねしたいと思います。
そして、来年、北京オリンピックがあります。
セントレアから中国・北京等への直行便の関係で、鈴鹿で直前の合宿をするという競技団体もあろうかと思います。
そういった来訪者が例えば鈴鹿に来たとき、その対応のひとつでも、そういった情報、鈴鹿に来る・合宿を張るというような情報をスポーツ課がどうやって拾うのか、そしてその宿泊先のホテルとの連携が取れているのか、そのときにどうアプローチして鈴鹿の何をセールスするのか、たとえば伝統産業の墨づくりであるとか、型紙の存在をどうやって知ってもらうのか、伝統産業会館に足を運ばせるためには、また、型紙資料館を知ってもらうにはどうすることが必要なのか、といったようなシミュレーションが行われているのかどうか、スポーツ課と、文化課を併せ持つ文化振興部長にもお尋ねします。
よろしくお願いします。
シティセールス戦略としましては、7月にまとめ上げたというところでございまして、行政内部の調整としましては、リード役であります企画財務部の役割を明確にし、各部局との連携を図るべきだと考えておりますが、正直なところ、どういう考え方・どういう体制で行くかことにつきましては、現在、検討を行っているところでございます。
ただ、日々、各部局で取り組んでおります施策につきましても、シティセールスの視点を加えていただければ、大きく変化すると思われます。
安全な都市、子育て支援の都市、そういったものもひとつのブランドに成り得るものでございます。
そのような中、推進会議を設置して、F1復帰に向けた行政の役割の推進を検討しておりますが、おもてなしの心を持って行政施策を考えるものであり、シティセールという視点を加えた好例だと思います。
今後こうした視点が行政施策の中に取り込まれるよう、私ども企画財務部がリードしていきたいと考えております。
それでは私から議員ご質問の来年8月に開催されます北京オリンピック関連で、鈴鹿市への選手来訪者がある場合の対応についてでございますが、
以前、2002 FIFAワールドカップ日本・韓国では、コスタリカ選手を迎え入れ、選手と市民とが交流を図り、それを媒体として、本市をPRいたしました。
来年の北京オリンピックに際しましては、ニュースなど注意しながら情報は探っておりますが、そういった中で、少しでもシティセールスできる可能性があれば、三重県や関係団体と協議しながら考えて参りたいと思います。
またご指摘を頂いております本市における型紙資料館等の公開・活用等のイベントにつきましても、必要な関係部局と調整を図りながら、シティセールスとして可能な範囲で情報発信に努めてまいりたいと考えておりますので、ご理解いただきますようお願い申しあげます。
ありがとうございました。
北京オリンピックの話を出しましたけれども、実は2010年に、国内の大きな大会であります全国スポーツマスターズという、競技によっては35歳から、ほとんどは40歳からですけれども、40歳代の方々が集う全国大会が県営鈴鹿スポーツガーデンを中心に開かれます。
こちらの鈴鹿ブランドときめき戦略のp.27に、「スポーツガーデンなどを利用したスポーツイベントの誘致」集客交流人口を拡大する、といったところでスポーツガーデンに触れております。
しかし、この冊子のどこを見ても、大会に集まる人に、いかに鈴鹿を知ってもらい、お金も使ってもらい、リピーターとなっていただけるような取組が、企画されているのでしょうか、見えてきません。
集客交流を主に盛り込んだ「観光振興基本計画」、昨年度作っていただいたこちらの冊子ですけれども、そちらにも市としての構えがあまり見えてきません。
伊勢路の商売は、リピーターを考えなくてもいいといわれていたそうですけれども、それはもう過去のことだと思います。
宿泊施設が足りなければ民泊ということも考えられます。
シティセールスの考え方で、部局を超えたおもてなしがされるよう期待をしております。
鈴鹿市のワーキンググループも視察したというふうに先ほど説明がありましたけれども、仙台市のシティセールス戦略には、目標数値が入っています。
観光集客戦略というところで、14年実績が380万人だそうです。
16年に作成した時に、18年度目標を460万人というふうに目標を立てて、実績は430万人まで達成したそうです。
交流人口の増加と、ノウハウの蓄積、人的資源の確保を目指してコンベンション集客戦略で、これも14年度の実績は250件だったそうですけれども、18年度には300件という目標を設定して、273件のコンベンションを開催したそうです。
産業誘致・経済交流戦略では、製造業・ソフトウエア業など成長分野産業の誘致を3年間で30件を目標にしたら45件の立地実績が残ったそうです。
仙台といいますと杜の都と言われます。
杜の都仙台ということで、15年4月の都市公園面積が1079ha、市民一人当たり10.89m2。これを22年までに一人当たり20m2までにしようという目標も立てています。
できること、しなければならないことを明確にして、できれば目標を掲げることで、関係する部局も
もっと見えてくるものだと思います。極論すればそういった一環での都市計画や、道路計画でなければならないというふうにも思います。
シティセールス戦略自体には具体的予算がついていないかもしれませんが、市職員の方々には115億円という人件費が使われているのです。
職員すべての人が、セールスマンになる気持ちで鈴鹿市を運営していかないと、市長が言ってみえる「ネットワークを組む」という相手の市民の皆さんに、市の広報マンになっていただいて、宣伝・呼び込みの仕事を担っていただけないのではないでしょうか。
鈴鹿市のシティセールス戦略に、具体的な戦略プラン、そして数値目標が入らなかったことについて、説明をいただけますでしょうか。
お願いします。
シティセールス戦略に数値目標が入らなかったことについてでございますが、当初は、ワーキンググループでも、「シティセールスプラン」として、所謂、「計画」ものとして策定していく前提で進めておりました。
しかしながら、プランの議論を進めていく中で、具体的なシティセールスの事業展開を考えた時、短期的な事業はともかく、中・長期的事業をプランに盛り込む場合、なかなかその盛り込み方が難しい、それらを計画として策定してもよいのかという疑問が出てまいりました。
また、官民が一緒になってシティセールスに取り組んでいく時に、計画として固定してしまうのはどうか、もっと柔軟なものにして、その方向性、指針を示すようなものにしてはどうかとの意見も出てまいりましたことから、確たる実行性を伴う「計画」としてではなく、事業展開のイメージとしての「戦略」として作成することといたしました。
一方、本市では、平成18年度からスタートしております第5次総合計画「みんなで築く鈴鹿夢プラン」におきまして、全ての単位施策に成果指標を設定しております。
シティセールスの意識を持って各施策を進めることによって外部から資源を獲得し、市民生活が豊かになることに繋がりますことは、先の答弁でも申し上げましたが、シティセールス戦略の上位計画であります総合計画の単位施策に成果指標を設定することで、シティセールスの目標数値となりえると考えました。
今後は、この成果指標の達成に努めてまいりたいと考えておりますが、現在の指標が全てシティセールスの観点に立っているものではございませんので、次回の見直しの際にはシティセールスの意識を盛り込むようなことをしていきたいと考えております。
よろしくご理解いただきますようお願いいたします。
第5次総合計画に目標数値がうたってあるのなら、市民へのメッセージとして、この戦略にも載せて頂きたかった、そういう風にするのが本当にシティセールスをしていくという強い気持ちの表れだと思うのは、私だけでしょうか。
戦略だから、実現させようとすることではなくて創ることが目的だったんでしょうか。
そんな風に聞こえて少し残念です。
観光まちづくりに関して質問をしたいと思いますが、市長の19年施政方針に
観光産業の観点から、昨年度に観光振興基本計画を策定いたしましたが、「観光まちづくり」をコンセプトに、これを着実に推進し、集客交流人口をふやします。
また、産業を振興し、本市を活性化するためには、その基盤整備も当然必要であり、そのため、白子駅前広場整備を中心に、活力があって『おもてなし』の心があふれる市街地整備を進めるとともに、効率的・効果的整備を可能とするコンパクトシティを推進します。
とあります。
この市長の言葉も、シティセールスに直結した言葉だと感じております。
観光振興基本計画の懇話会 第4回目2月2日に行われました。
その議事録を読ませていただきますと、取りまとめの中の、地域の重要人物に関する施設の活用云々の中で大黒屋光太夫、佐佐木信綱が出てきますが、ここでやはり白子は徳川家康とかかわりがあるのでその辺のところも少し触れていただけたら、というような意見が懇話会で出ておりました。
私は先日、新幹線を利用しました。
その時に、新幹線の車内誌に「ひととき」という雑誌があります。
その12月号で、「朝鮮通信使が見た江戸の日本」という特集が組まれておりました。
江戸時代の日本の庶民生活の中で、大きな文化的影響を及ぼした「朝鮮通信使」ですが、例えば活字が中国で発明され、朝鮮で発達したものを、家康が、銅活字と木活字を作り出させ京都の商人の手によって『出版社』を作り上げて、それが武士の教育に活かされたという事が記事の中にあって、また、朝鮮通信使が全国を移動しているときに、各地の祭りにも影響を与えていると、そしてそれは三重の津や鈴鹿も というふうに「鈴鹿」の名前が出てきます。
非常にそういったところで鈴鹿の名を触れることはうれしいことであります。
シティセールス戦略、すずかブランドときめき戦略を同時に進めていた、観光振興基本計画ですけれども、そのどちらにも徳川家康や、朝鮮通信使を展開するプランが登場してきません。
鈴鹿には、東海道の宿場であった石薬師、庄野があり、神戸城、また江戸への海上交通の拠点だったという白子、そういった多くの歴史の上に、今私たちが住んでいるということ。
この宿場でつながる町や人、神戸、白子でつながる町や人、伊勢型紙や、墨でつながる町や人、大黒屋光太夫、佐佐木信綱、徳川家康でつながる町や人が、あるということを、一つでも多く知っていくことが、迎え入れる気持ち、おもてなしの心につながると思いますし、鈴鹿に住む人たちに、この歴史のうえの生活があることを意識付けられたら、シティセールスの目的である『人、物、金、情報』を集めるための大きな土壌、地盤ができることになると思いますが、『観光まちづくり』を進める上で、シティセールスを考えるとこれら多くの文化的遺産を大いに活用すべきだと思いますが、文化振興部のお考えはいかがでしょう。
また、産業振興部においては観光振興基本計画作成の考え方、『観光まちづくり』の考え方を説明願います。
よろしくお願いします。
私からは、議員ご質問の「文化的遺産の活用について」答弁いたします。
文化遺産とは、長い歴史の中で先人によって育まれ、今日まで守り伝えられるとともに、将来にわたっても、継承されるべき貴重な文化財でございます。
これらの文化遺産は、郷土の歴史や文化を正しく理解するために欠くことのできないものであると同時に、将来の文化の向上と発展の基礎をなすものであります。
本市は、国指定文化財16件、県指定文化財36件、市指定文化財35件、計87件の指定文化財を有しております。
これら貴重な文化遺産を観光資源として活かし、本市のシティセールスの推進を図ることは、大変重要なことであると考えます。
しかしながら、文化遺産でありますこれらの文化財は、一旦失われてしまうと回復ができないものであり、価値あるものについては適切に保存し、できる限り完全な形で、後世に継承していくことが大切であります。
そこで、このような基本的な姿勢をもとに文化遺産の活用を進めることは観光産業やシティセールの観点からみても重要であり各資料館等においての公開展示とともに、文化遺産に関わる積極的な情報発信に取り組んでいるところでございます。
ご理解いただきたいと思います。
それでは、後藤議員の御質問「観光まちづくり」の考え方についての答弁申し上げます。
「鈴鹿市観光振興基本計画」は、第5次鈴鹿市総合計画「みんなで築く鈴鹿夢プラン」の政策の柱の一つでございます。
「いきいきとした地域と活力を生み出すまちづくり」の推進に資することを目的として策定しております。
「住んでよし、訪れてよし」の「観光まちづくり」を基本方針として掲げておるところでございます。
「観光まちづくり」の目的の第一は、21世紀の基幹産業と言われております「観光」による地域の活性化でございます。
これまで地元が守り育んできた地域資源に内外から人々が集まり、交流することで新たな活力が生まれることになると考えております。
二つ目は「地域の誇りと文化の再発見と創造」であります。
郷土の資源を再認識することにより、市民一人ひとりが郷土を誇りに思い、訪れる方を「おもてなし」の心で迎えることができるようになる、そして、そのことによって地域文化の継承や創造が果たされるようになるということでございます。
また、三つ目は、「生活環境の改善と住民満足度の向上」でございます。
これは、来訪者にとって有益な持続可能な環境を目指す中で、自然環境の保全と同時に、地域住民の満足度が向上する生活環境が形成されるようになるということでございます。
これからの本市の観光振興のあり方を展望したとき、本市ならではの個性あふれる魅力づくりに向けた取り組みが求められることになります。
わがまち鈴鹿を愛し、誇りを持ち、幸せを感じられる地域づくりこそが、観光立国の基本理念である「住んでよし、訪れてよし」の「観光まちづくり」であると考えております。
観光振興基本計画とシティセールス戦略プランは、地域資源の活用や、鈴鹿ブランドなど、内容的に関連する部分があり、策定段階から関係課と協議を重ねてまいりました。
この10月には、観光振興基本計画を具体的に進めていくための組織として、「鈴鹿市観光まちづくり委員会」を立ち上げましたが、本基本計画でまとめた方向性・戦略などについて検討したうえで、民産学官それぞれの役割分担も明確化しながら庁内関係各課との連携はもちろんのこと、市民のみなさんや民間事業所のみなさんの御協力もお願いしながら進めてまいりたいと考えておりますので御理解賜りますようよろしくお願い申し上げます。
「観光まちづくり」、観光の目玉を探すのは大変なことだと思います。
恵まれた自然や、歴史に目を向けたら、鈴鹿は観光まちづくりはやりやすい町なのではないでしょうか。
町をつなげる、人をつなげる事業を地域から起こそうという『まちかど博物館』という県の事業に合わせて、動き始めている地域の話も耳にします。
たとえば、家康に関してですけれども、本能寺の変の後、逃げ延びた家康が小川孫三という人に助けられて白子から三河に逃げ延びたおかげで、静岡県の藤枝市に白子町を作らせたという話が伝わっております。
現在は本町という風に変わったそうですが。
愛宕公民館の自主事業で藤枝を訪ねられたそうです。
その時には、藤枝の市長じきじきに、お迎えいただいて、小川孫三さんに伝わる史物を介して、時も忘れる大歓迎を受けたというふうに私は聞いております。
白子と言えば、廻船問屋、そして江戸時代、白子の港としての賑わい、白子では江戸と同じ風景が見られたという風にまでいわれております。
是非、家康とのかかわりを大切にしていってほしいという風に思います。
先般、羽島市との災害協定、これは人のつながりで実現したわけですけれども、こういった歴史のつながりで、助け合ったり、物産の流通を起こしたりできる種まきを、是非、行政マンとしてやっていってほしいと思います。
今回の質問で、私が言いたかったことは、行政側のスタンスがもっともと変わっていって欲しいという事です。
予算がついていないということであれば、割り振る仕事がないということであっても、それでする事がないという時代ではなくて、市民の自助・共助にいかに入り込み、シティセールスも鈴鹿を訪れる側の、または迎える現場の立場で、例えばこの戦略を書く側の論理ではなく、読み手の論理で、自ら動いて情報を集めて、予算のかからない知恵を使って市長の言う「住む人も増え、訪ねる人も増え、財政的にも安定した鈴鹿づくり」に貢献できる職員で構成された一枚岩の市役所としてシティセールスを進めていって欲しいという事を述べさせていただきたいというふうに思いました。
CNSが議会の模様を中継していただいているのですけれども、休憩の時間に花をアップにして映していただいています。
これは観る人のことを思いやったホスピタリティ、おもてなしのこころだと思うんですね。
本当にありがたいなぁと思って拝見しました。
例えば、白子駅前に観光協会があります。
私はインフォメーションマークを貼ってくれという風に以前お願いしたことがあるんですが、ガラスにインフォメーションマークが貼ってあります。
そうでなくて、駅を降りた瞬間に目につくようなインフォメーションマークを付けて欲しいと思いますし、ちょっときつい言い方になりますけれども、市長の施政方針がこの12月まで市のホームページの市長のページにアップされていませんでした。
といったことに気が付かない組織、そんな状態では困ると思うんです。
先ほども言いましたけれども、たまたま乗り合わせた列車の中で鈴鹿という言葉に出会うと、本当にうれしいことが、他のところでも多々あるという風に考えられます。
白子の歴史にしても、箱物がないからできないではなく、例えば小学校の余裕教室を利用するとか、民間の施設を利用させていただくとかして、鈴鹿に伝わる歴史が目に見えるものにするという、その為には何かするという努力ができるのではないか、何か方法があるのではないかという風に感じています。
先ほど市川議員が彫刻家の中村晋也さんのことを述べておりました。
中村晋也さんにしても、ビーチバレーの浅野美和さんにしても、サッカーのワールドカップに出場した中西永輔さんにしても、戦略には名前が出てきません。
2002年に日本でワールドカップの決勝が行われたわけですけれども、会場であった横浜のスタジアム、そして今年の世界陸上の大阪長居競技場の芝生は、鈴鹿産のティフトン芝が確か持ち込まれていたはずです。
そういった鈴鹿にある多くの材料を「まちづくり」、そして「シティセールス」の材料としてしっかりとつかんでいって欲しいと思います。
それから、玉垣小学校、千代崎中学校、白子高校の吹奏楽の活躍を、F1の垂れ幕もいいですけれども、是非そういった市民の活躍を垂れ幕で広報するような、そんな市民を大事にする行政であって欲しいと思います。
鈴鹿市の宿泊収容力は県下4番で、鳥羽の19089人には到底届きません。
4473人、これ17年の値ですけれども、年間450万人が訪れる街です。
4473人が毎日泊まっても163万人にしかなりません。
どうやってその数を増やして、鈴鹿市にたくさんの人が来て、お金を落としていただくか、そんなことを企画部の牽引で、庁内一丸となって取り組んでいただきたいとお願いして、私の質問を終わらせていただきます。
ありがとうございました。